社長なりすまし詐欺(LINEグループ型)の対策|送金ルールの雛形つき

「社長から『LINEグループを作ってQRコードを送って』とメールが来た」——2025年の暮れから、こうした社長や役員の名前をかたるメールが多くの会社に届いています。返信すると、LINE上で社長になりすました人物から振込を指示される手口です。この記事では、手口の流れと公的機関の注意喚起の要点を押さえたうえで、「社長の指示でも、この手順を通らない送金はしない」という社内ルールの作り方を、雛形つきで整理します。
⏱ 忙しい人向け 3行まとめ
- 社長なりすまし詐欺は、社長名のメール → LINEなどのグループへ誘導 → 至急の振込を指示という流れが典型。会社名・社長名は本物が使われるため、見た目では気づきにくい
- 対策の中心は「チャットやメールの指示だけでは送金しない」送金ルール。社長本人への折り返し確認と、二人以上での承認を決めておく
- 振り込んでしまったら、すぐ振込に使った銀行に連絡し、警察に相談する。メールやトーク画面は消さずに残す
社長なりすまし詐欺(LINEグループ型)とは——手口の流れ
社長なりすまし詐欺は、経営者になりすまして社員に連絡し、取引や業務を装って会社のお金を指定の口座に振り込ませる詐欺です。警察庁は「ニセ社長詐欺」と呼び、ビジネスメール詐欺の一種として注意を呼びかけています(出典:警察庁「法人を対象とした詐欺(ニセ社長詐欺)に注意!」2026年2月13日、2026年10月22日確認)。
IPAと警察庁の注意喚起をもとに、典型的な流れを3つの段階にまとめると次のようになります。
① 社長名のメール
差出人の表示名は社長、件名は自社の会社名。中身は「LINEグループを作ってQRコードを返信して」などの業務指示
② チャットへ誘導
グループに入ると、社長を名乗る人物が口座残高を尋ねたり、振込の権限がある人を加えるよう求めたりする
③ 至急の振込
「事業資金が至急必要」「取引先への支払いを代わりに」などと言われ、指定の口座へ振り込ませる
IPAの注意喚起によると、メールはフリーメールのアドレスから送られ、宛先は会社のメーリングリストになっていることが多いとされています。IPAの相談窓口には、2025年12月16日から2026年3月10日までの間に、この手口についての相談が106件寄せられました(出典:IPA「社長等をかたる詐欺メールに注意!」2026年3月12日、2026年10月22日確認)。同じメールが不特定多数に大量に送られているため、「うちの会社が特別に狙われた」というより、どの会社にも届き得るものと受け止めるのが現実的です。
警察庁は、実在する社長名や会社名が使われるため気づきにくいことを特徴に挙げています。会社のWebサイトには社長名も問い合わせ用のメールアドレスも載っていることが多く、「本物らしく見える材料」は外から簡単に集められてしまいます。
なぜLINEなどのチャットに誘導するのか
チャットに移るのは、会社のメールのやり取りから外れ、社内の誰の目にも触れない場所で話を進めるためとみられます。グループの中で「今は会議中で電話に出られない」「他の人には内密に」と言われると、確認しにくい空気がつくられます。「急ぎ」「内密」「いつもと違う連絡手段」の3つが重なったら立ち止まる、というのが分かりやすい目安です。
社長なりすまし詐欺の対策は「送金ルール」を先に決めること
社長なりすまし詐欺の対策で効果を出しやすいのは、メールを見分ける力より、「指示がどこから来ても、この手順を通らない送金はしない」というルールを決めておくことです。
文面や差出人の見た目で偽物を見分けるのは、年々難しくなっていると考えておいたほうが安全です。生成AIを使えば自然な日本語の文章は誰でも作れるため、「日本語が不自然だから怪しい」という見分け方には頼りにくくなっています。一方で、送金の手順が決まっていれば、どれほど本物らしいメールでも、手順の途中で止まります。
IPAも日頃の対策として「振込支払いを実施する際の二重チェック等の承認フローを構築する」ことや、不審なメールの報告手順をつくることを挙げています。警察庁も「法人(社内)で送金に関するルールを再確認してください」と呼びかけています。
「新しい振込先・急ぎの送金は、社長本人に登録済みの電話番号で確認し、二人で承認する」と決まっていて、社長自身もそのルールに従う。
社長の指示ならすぐ振り込むのが当たり前。確認の電話をすると「疑うのか」と思われそうで、担当者が一人で判断している。
中小企業では、社長と経理担当の二人で振込が完結していることがよくあります。手続きが身軽な分、止める仕掛けがない状態になりやすいのが弱点です。だからこそ、社長自身が「私の指示でも確認していい、確認してほしい」と社内に伝えておくことが、ルールを機能させるいちばんの土台になります。
送金ルールの雛形(そのまま使える社内向けの文面)
以下は、社長なりすまし詐欺とビジネスメール詐欺を想定した送金ルールの雛形です。IPA・警察庁が示す対策(別の手段での確認・二重チェック・社内での情報共有)をもとに、少人数の会社でも回せる形にまとめました。会社の規模や振込の流れに合わせて直して使ってください。
送金ルール(雛形)
1. 対象
会社の口座からの振込・送金のすべて。社長・役員の指示によるものも含む。
2. チャット・メールの指示だけでは送金しない
LINE・SMS・メール・チャットツールで送金や振込先の変更を指示されても、それだけでは実行しない。
3. 本人への折り返し確認
次のどれかに当たる送金は、指示した本人に、あらかじめ社内で登録してある電話番号(メールやチャットに書かれた番号は使わない)で電話するか、対面で確認してから実行する。
・初めての振込先/振込先口座の変更
・「至急」「今日中」など急ぎの依頼
・ふだんと違う連絡手段(個人のLINE、フリーメールなど)からの依頼
・◯万円以上の送金(金額は会社で決める)
4. 二人で承認
上の3に当たる送金は、依頼した人と実行する人のほかに、もう一人が内容を確認してから実行する。インターネットバンキングの承認機能(入力者と承認者を分ける設定)があれば使う。
5. 口座残高や取引情報は答えない
チャットやメールで口座残高・取引銀行・振込の権限者を聞かれても答えず、上長に報告する。
6. 社長・役員の約束
社長・役員は、送金をチャットやメールだけで指示しない。社員が確認の連絡をしてきたら、それをルールどおりの行動として受け止める。
7. 不審な連絡の報告先
不審なメール・チャットを受け取ったら、返信やリンクのクリックをせず、◯◯(報告先の担当者名)に連絡する。誘導されたグループには参加しない。参加してしまったら、通報機能で通報してから退出し、報告する。
8. 見直し
このルールは年に1回、振込の担当者が変わったときに見直す。
雛形の中でとくに大切なのは、3の「登録してある電話番号で」の部分です。メールやチャットに書かれた番号にかけると、相手が用意した番号につながるおそれがあります。社長・役員・主要な取引先の電話番号は、紙かパスワード付きの社内資料に一覧にしておくと、いざというときに迷いません。
つまずきポイント:社長本人が「確認しなくていい」と言ってしまう
ルールを作っても、社長が急いでいるときに「いちいち電話しなくていいから」と言ってしまうと、社員は次から確認しにくくなります。その一言がそのまま詐欺の入口になりやすいので、社長自身が「どんなに急いでいても確認の電話には出る」と決めておくのが現実的です。出張や会議で電話に出られないときの代わりの確認先(副社長・役員など)も決めておきます。
社長名の不審なメールを受け取ったときの対応
社長名の不審なメールを受け取ったときは、返信せずに、別の手段で本人に確認し、社内のルールどおりに報告するのが基本です。IPAは次の対応を挙げています(出典:IPA「社長等をかたる詐欺メールに注意!」、2026年10月22日確認)。
- 不審なメールは無視して削除する(社内に報告のルールがあれば、報告してから)
- 本人に確かめるときは、届いたメールには返信せず、電話など別の方法で確認する
- 本文のURLにはアクセスしない。添付ファイルは開かない
- 会社に不審メールの報告ルールがあれば、それに従って報告する
警察庁は、もしSNSのグループに誘導されてしまった場合は、トーク画面やプロフィール画面の「通報」機能で通報したうえで、速やかにグループから退出するよう案内しています。
あわせて、同じメールがほかの社員にも届いている可能性が高いため、社内全体に「社長名でこういうメールが来ている。返信しないで」と知らせることも大切です。IPAも、社内全体への周知と教育を日頃の対策に挙げています。
振り込んでしまったときにやること
振り込んでしまったときは、まず振込に使った銀行に連絡して、送金の取り消し(組戻し)ができないか相談することが最優先です。IPAは、ビジネスメール詐欺の被害が分かった場合の対応として、次の流れを示しています(出典:IPA「もし詐欺被害に遭ってしまったら」、2026年10月22日確認)。
STEP1:振込に使った銀行にすぐ連絡する
送金のキャンセルや組戻しを早急に依頼します。IPAは、送金後すぐに銀行に連絡することは有効な手段だとしています。時間がたつほど取り戻しにくくなるため、社内の報告より先に連絡するくらいの順番が目安です。
STEP2:警察に相談する
最寄りの警察署に相談します。どこに連絡すればよいか迷うときは、警察相談専用電話「#9110」も案内されています。
STEP3:証拠を残し、経緯を時系列でまとめる
メール、トーク画面、振込の記録などは消さずに保存します。警察や銀行から求められることがあるため、いつ・誰が・何をしたかを時系列でメモしておきます。
STEP4:パスワードの変更と、社内外への注意喚起
関係者のパソコンのウイルスチェック、パスワードの変更、メールの転送設定などに不審な点がないかを確認します。自社になりすました連絡が取引先に届く可能性もあるため、必要に応じて取引先にも知らせます。
責めるより、早く報告できる空気を
だまされた社員を責める空気があると、報告が遅れ、取り戻せたはずのお金が戻らなくなるおそれがあります。「おかしいと思ったらすぐ言う。言った人は責めない」と社長から伝えておくことも、被害を小さくする対策の1つです。
相談先に迷う場合は、IPAの「企業組織向けサイバーセキュリティ相談窓口」でも相談を受け付けています。法的な対応や保険の扱いなどは、弁護士や加入している保険会社など専門家に確認してください。
あわせて見直したいメール・アカウントの対策
社長なりすまし詐欺の多くは外から届くメールが入口ですが、取引先や自社のメールアカウントそのものが乗っ取られて、本物のアドレスから偽の請求が届くケースもあります。送金ルールとあわせて、次の基本の対策も見直しておくと安心です。
- メールやクラウドサービスに多要素認証(パスワードに加えてスマホの確認コードなどを使う仕組み)を設定する
- メールの自動転送の設定に、見覚えのない転送先がないか確認する
- Webサイトに載せているメールアドレスを、個人名のアドレスではなく問い合わせ用の共通アドレスにする
- 年に1回、社員向けに今回のような事例を共有する(IPAの無料教材が使える)
どこから手をつけるか迷う場合は、中小企業のセキュリティ対策ガイド|まずやる5つと費用で、最初にやる対策と費用の目安をまとめています。
補助金で安くするヒント
メールの監視や、何かあったときの相談・駆けつけまで外部に任せたい場合は、IPAが基準を定めた「サイバーセキュリティお助け隊サービス」を、デジタル化・AI導入補助金の「セキュリティ対策推進枠」で導入する方法があります。対象・補助額・申請の流れはセキュリティ対策の補助金で整理しています。制度の内容や締切は公募回・年度で変わるため、最新は事務局の公式サイトや専門家で確認してください。
なお、送金ルールづくりや社内への周知そのものには費用はかかりません。まずはこの記事の雛形を自社用に直し、社長から全社員に伝えるところから始めるのが、いちばん手軽な一歩です。
※本記事は2026年10月22日時点の公開情報にもとづきます。手口や公的機関の案内は変わることがあります。最新はIPA・警察庁の公式サイトで確認してください。
出典:IPA「社長等をかたる詐欺メールに注意!」/警察庁「法人を対象とした詐欺(ニセ社長詐欺)に注意!」/IPA「もし詐欺被害に遭ってしまったら」/IPA「企業組織向けサイバーセキュリティ相談窓口」(いずれも2026年10月22日確認)
よくある質問
Q. 社員が数人の会社でも、送金ルールは必要ですか?
A. 少人数の会社ほど、社長と経理担当の二人で振込が完結しやすく、止める仕掛けが少なくなりがちです。ルールといっても、「チャットの指示だけでは振り込まない」「新しい振込先は社長に電話で確認する」の2行からでも十分に役立ちます。人数が少ない場合は、二人目の承認者を社外の顧問税理士などにお願いしている会社もあります。
Q. 本物の社長からの急ぎの指示だったら、確認の電話は失礼になりませんか?
A. 確認の電話を「ルールどおりの行動」として社長自身が認めておけば、失礼にはなりにくくなります。むしろ、確認せずに振り込んで被害にあうほうが会社にとっての損失は大きくなります。社長から社内に「私の指示でも確認していい」と伝えておくのが、ルールを回すうえでの近道です。
Q. LINEグループに参加してしまいましたが、まだ振り込んでいません。どうすればいいですか?
A. 警察庁は、トーク画面やプロフィール画面の「通報」機能で通報したうえで、速やかにグループから退出するよう案内しています。口座残高などを答えてしまった場合も含めて、すぐに社内の責任者に報告し、社内全体に注意を呼びかけてください。迷う場合は、警察相談専用電話「#9110」やIPAの相談窓口に相談できます。