業務改善助成金でAI・システムは使えるか|賃上げとセットの制度

最低賃金がまた上がる。人件費は増えるのに、売上がすぐ伸びるわけではない——。そんなときに名前が挙がるのが、厚生労働省の「業務改善助成金」です。「賃上げとセットで設備投資を助成してくれるらしいが、AIやシステムにも使えるのか」という疑問に、令和8年度の公開情報をもとに一緒に整理していきます。
⏱ 忙しい人向け 3行まとめ
- 業務改善助成金は「事業場内最低賃金を50円以上上げる」ことが条件の、厚生労働省の助成金。生産性向上につながる設備投資などの費用の一部が助成される(令和8年度は最大600万円)
- リーフレットには「顧客管理情報のシステム化」などが例示されており、業務が速くなる理由を説明できるシステム・AI関連の投資は検討の対象になり得る。ただし可否は労働局の判断
- 申請期限は都道府県の最低賃金の発効日の前日か11月30日の早いほう。交付決定前に発注すると対象外になるため、今年度に間に合わない場合は来年度に向けた準備が現実的
業務改善助成金とは:賃上げの原資をつくる投資を助成する制度
業務改善助成金は、「賃金を上げる会社が、その原資を生み出すための投資」を後押しする制度です。厚生労働省の「令和8年度業務改善助成金のご案内」では、事業場内で最も低い賃金(事業場内最低賃金)を50円以上引き上げ、生産性向上に資する設備投資等を行った場合に、その費用の一部を助成すると説明されています。
経済産業省系の補助金(デジタル化・AI導入補助金や省力化投資補助金)が「投資そのもの」を支援するのに対し、こちらは賃上げが先にあり、その賃上げを続けられるように投資を助けるという順番の制度です。補助金ではなく「助成金」ですが、要件を満たせば必ずもらえるわけではなく、予算の範囲内で交付され、申請期間内に募集を終えることがあるとされています。
令和8年度の骨格は次のとおりです(厚生労働省リーフレット・公式ページより、2026年10月15日確認)。
| 項目 | 内容(令和8年度) |
|---|---|
| 対象 | 中小企業・小規模事業者で、事業場内最低賃金が令和8年度の地域別最低賃金未満の事業場 |
| 賃上げの条件 | 事業場内最低賃金を50円・70円・90円のいずれかのコースで引き上げる(対象は雇用保険被保険者) |
| 助成率 | 事業場内最低賃金が1,050円未満は4/5、1,050円以上は3/4 |
| 上限額 | コースと引き上げる人数で決まる。最大600万円(90円コース・特例事業者が10人以上を引き上げる場合) |
| 申請期間 | 9月1日〜、地域別最低賃金の発効日の前日か11月30日のいずれか早い日まで |
| 事業完了期限 | 交付決定年度の1月31日(理由があれば3月31日まで延長の余地) |
制度は年度・公募回で変わります
金額・要件・期限は令和8年度のリーフレットと公式ページの記載にもとづく目安です。最新は厚生労働省の交付要綱・要領で確認し、個別の可否は管轄の都道府県労働局か業務改善助成金コールセンターに確認するのが安全です。
AI・システム導入は対象になるのか
結論としては、生産性向上につながる設備投資として説明できるものなら、システムやソフトウェアの導入も対象になり得る、というのが現実的な理解です。
リーフレットの例には「POSレジシステム導入による在庫管理の短縮」「顧客管理情報のシステム化」が挙げられています。機械や車両だけでなく、仕事の流れを速くするシステムも想定されていることがわかります。一方で、「AIツールなら何でも対象」と書かれているわけではありません。判断の軸は次の3つになりやすいと考えておくとよいでしょう。
⏱ 時間が減るか
どの業務の、どの作業が、どれくらい短くなるのかを説明できるか
💴 賃上げとつながるか
浮いた時間や増えた売上が、引き上げた賃金を払い続ける原資になる筋道があるか
🧾 経費として切り出せるか
導入費・設定費など、交付決定後に発注・支払いする費用として明確か
AI関連で検討の対象になりそうなのは、たとえば予約・受付の自動化、請求書の読み取りと会計連携、問い合わせの一次対応のように、現場の手作業を減らす目的がはっきりした導入です。逆に「とりあえず全社員にチャットAIを配る」のような使い方は、生産性向上との結びつきを説明しにくく、判断が分かれやすいとみられます。
パソコン・タブレットなどの端末は、通常は助成対象外です。ただし、特例事業者のうち物価高騰等要件(原材料費の高騰などで、申請前6か月間平均の利益率が前年度より3%ポイント以上低下)に当てはまる場合は、PC・スマートフォン・タブレット等の端末と周辺機器の新規導入も対象になり得るとされています。月額課金のサービスをどこまで対象にできるかも含め、細かい扱いは労働局に確認しておくのが安心です。
ほかの補助金との違いと使い分け
使い分けの基本は、「賃上げの予定があるか」と「何を入れたいか」の2つで考えることです。
| 業務改善助成金 | デジタル化・AI導入補助金 | 省力化投資補助金 | |
|---|---|---|---|
| 所管 | 厚生労働省 | 経済産業省・中小企業庁 | 経済産業省・中小企業庁 |
| 前提 | 事業場内最低賃金の引き上げ | 登録されたITツールの導入 | 省力化につながる設備・システムの導入 |
| 向く投資 | 賃上げの原資を生む小〜中規模の設備・システム | 会計・受発注・AIなどのソフトウェア | ロボット・自動化設備などの省力化投資 |
| 申請単位 | 事業所ごと | 事業者ごと | 事業者ごと |
同じ経費を複数の補助金・助成金で重ねて受け取ることは、一般にできません。どの制度で申請するかは、経費ごとに分けて考えるのが基本形です。各制度の詳しい比較はAI導入に使える補助金・助成金 完全ガイド、自社が使える制度の調べ方は自社に使える補助金の探し方にまとめています。締切や公募の時期は補助金・AIの予定カレンダーでも確認できます。
ここがポイント
最低賃金の引き上げは、多くの会社にとって避けられない出費です。どうせ上げるなら、その賃上げを助成金の要件に乗せる形で計画すると、同じ賃上げから設備投資の助成という効果を得られる可能性があります。
申請から入金までの流れ
流れの中でいちばん大事なのは、「交付決定が出てから発注・導入する」という順番です。リーフレットには、交付決定前に助成対象設備を導入した場合は助成の対象にならないと明記されています。
STEP1:締切と事業場内最低賃金を確認する
事業所がある都道府県の地域別最低賃金の発効日を調べ、「発効日の前日」と「11月30日」の早いほうを期限にします。あわせて、雇入れ後6か月を経過した労働者のうち最も低い時間給を確認します。
STEP2:コースと投資内容を決めて申請する
50円・70円・90円のどのコースにするか、何人を引き上げるかを決め、導入したい設備・システムの見積りを添えて交付申請します。
STEP3:交付決定を待ち、賃金を引き上げる
賃金の引き上げは発効日の前日までに完了している必要があり、引上げ後の金額を就業規則等に定めることも求められます。
STEP4:交付決定後に発注・導入・支払い
交付決定通知を受け取ってから発注します。事業完了期限(交付決定年度の1月31日)までに導入と支払いを終えます。
STEP5:実績報告をして助成金を受け取る
導入の証拠書類や賃金台帳などを添えて報告し、審査を経て助成金が支払われます。
令和8年度について言えば、10月1日発効の15都道府県はすでに期限(9月30日)を過ぎています。発効日が遅い地域ではまだ期限が残っている場合もありますが、今から準備を始めるなら、来年度の受付開始に向けて準備しておくのも現実的な選択肢です。
AI・システム投資で計画を立てるときの考え方
計画づくりは、「ツール選び」より先に「どの作業の時間を減らすか」を数字で書き出すところから始めるのが進めやすい形です。業務改善助成金は、賃上げを続けられる理由を説明する制度なので、時間の削減と賃上げのつながりが見える計画ほど説明しやすくなります。
たとえば、次のような順番で整理すると、申請書の「生産性向上の内容」が書きやすくなります(数値は考え方を示すための仮の例です)。
電話予約の受付に1日2時間かかっている。予約システムとAIの自動応答を入れて受付を1日30分に減らし、浮いた時間を施術・接客に回して客数を増やす。その売上で引き上げた時給を払い続ける。
話題の生成AIを全社員に配り、いろいろな業務に使ってもらう。どの作業がどれだけ短くなるかは、使いながら考える。
前者は「どの作業が・どれくらい減って・何に回るか」が一続きで説明できます。後者も導入としては悪くありませんが、助成金の申請では効果の説明が難しくなりやすいところです。業務の洗い出しから始める場合は、人手不足の解決策マップの「業務の棚卸し」の手順も参考になります。浮く時間の金額換算はAI導入の費用対効果シミュレーターでも試算できます。
始める前のチェックリスト
- 事業所ごとに、地域別最低賃金の発効日と申請期限を確認したか
- 事業場内最低賃金と、引き上げる人数・コースの見込みを試算したか
- 導入したいシステム・AIで「どの作業が何分短くなるか」を説明できるか
- 見積りは取ったが、交付決定前に発注しない段取りになっているか
- 就業規則の変更や賃金台帳の準備について、社会保険労務士など専門家に相談する時期を決めたか
つまずきポイント
「早く使いたい」と先に契約してしまう
現場が困っていると、申請と同時にシステムを契約したくなります。ただ、交付決定前の発注・導入は助成の対象外になります。試用期間のあるサービスなら、無料の試用で効果を確かめつつ、本契約は交付決定後にするという段取りにすると、待ち時間を無駄にしにくくなります。
締切を「11月30日」とだけ覚えている
申請期限は都道府県の最低賃金の発効日で変わります。複数の県に拠点がある会社では、事業所ごとに締切が違う点にも注意が必要です。また、予算の範囲内で交付されるため、期限より前に募集が終わることもあります。
なお、厚生労働省は公式ページで、厚生労働省から委託を受けたと偽って助成金の申請を勧誘する事業者がいると注意を呼びかけています。厚生労働省や労働局が勧誘を委託することはないとされているので、心当たりのない勧誘には慎重に対応するのが安心です。
よくある質問
Q. ChatGPTなどの月額AIサービスの利用料は対象になりますか?
A. 月額課金のサービスをどこまで助成対象にできるかは、導入の目的や経費の扱いによって判断が分かれやすいところです。生産性向上との結びつきを説明できるかがポイントになるため、申請前に管轄の都道府県労働局か業務改善助成金コールセンターに確認するのが確実です。制度は年度で変わるので、最新は公式で確認してください。
Q. 業務改善助成金とデジタル化・AI導入補助金は両方使えますか?
A. 制度ごとに対象となる経費が違うため、別々の経費であれば両方を検討できる場合があります。ただし、同じ経費に重ねて受け取ることは一般にできません。どの経費をどの制度で申請するかを先に分けておくと整理しやすくなります。
Q. 今年度の締切に間に合わない場合はどうすればいいですか?
A. 業務改善助成金は例年、最低賃金の改定に合わせて受付が行われています。来年度に向けて、事業場内最低賃金の確認や、省力化したい業務の洗い出し、見積りの取得を前もって進めておくと、受付開始後に慌てずに済みます。その間に急ぎの投資がある場合は、デジタル化・AI導入補助金など他の制度も選択肢になります。